出版によせて
「社会が変化し、発展するためには、紛争は避けられず、受け容れなければならない」。そんなことを紛争に巻きこまれた人たちの前で軽々しく言うことができるでしょうか。

この本は、ネパール西部のダン・デウクリ盆地で、殺し合いに巻き込まれ、傷を負った人たちの苦悩や苦闘を、シュリラム・チョウダリさんたちがまとめたものです。ここに登場する犠牲者の遺族は皆、紛争当事者 とは関係のない人たちです。電柱として使うための木を森に探しに行く途中で国軍 に殺害された12人のダリット(不可触カースト)の人々、収穫後の12月に米の脱穀を終えて家で貯蔵作業中に国軍に殺害された人々、祭りの日のごちそう用に水牛の肉を切り分けている時に国軍の誤射で亡くなったタルーなど先住民族の青年たちです。

夫を国軍に殺されたラダ・ネパリは、10歳の娘と4歳の息子を残して自殺しました。このような話を聞くと、心にガラスの破片が突き刺すような痛みを感じます。野蛮な者たちの戦いに、罪も無く巻きこまれ、打ちのめされた、無力な遺族たちのことを想像してみてください。家族の大黒柱を国軍によって奪われた後、生活の糧を失ってしまった遺族たちはどのように生きているのでしょうか。ダン・デウクリ盆地の遺族たちの苦しみや悲しみ、そして彼らの奮闘は全国の紛争被害者たちに共通するものです。

政府とマオイストの和平協定により、現在ネパールは停戦状態となっています。少なくとも武器を持つ者たちは、誰も殺したり、誘拐することができません。過去に国軍の横暴さが国民から非難された時、「軍隊の威信を落とすことは許されない」と言い訳した首相や政治家たちは今、政策や方針は変わったと自らに言い聞かせています。マオイスト党首のプラチャンダは、紛争は終わったと宣言しており、ネパールは新しい時代に入ったと言っています。政府側も、マオイスト側も、ネパールは今、世界の見本となる平等な社会を目指して新らたな政治を行い、スイスやシンガポールのような繁栄を達成して世界を驚かせることができる、と主張しています。紛争で両親を亡くし孤児となった子どもたちが、スイスやシンガポールの生活を夢見るかどうか定かではありませんが、政府は、彼らに冷えた体を温めるセーターを与え、空腹を満たし、病いを癒すことを最優先に行うべきです。それがこの本が訴えていることでもあります。

2006年11月
ネパール・キルティプール市
トリプヴァン大学社会人類学部               
ダンバル・チェムジョン