3.路上生活をした青少年たちの語り
ここから先の話は『僕らの家』で暮らしている青少年の語りに基づく事実ですが、彼らの将来に悪い影響を与えないよう、名前は彼らの好きなアーティストのものに、また出身地など住所を示すものも替えてあります。

3-1.誘拐を恐れて アミト(17歳)
僕はアミト・ドゥンガナ、17歳です。僕の家はラリトプル郊外のブンガマティ村です。1999年、10歳の頃、友達といとこの影響で、路上で暮らすようになりました。


最初に村を出た友達といとこが、バスターミナルのあるラガンケルやジャワラケルで、テンプーに客を呼びこむ仕事をしていました。彼らに連れてこられた僕は、いとこと一緒に働き始めました。少しずつ知り合いができてくると、いろいろなことに興味を持ち、もっとここで働きたいと思うようになりました。やがて学校もやめ、一人でブンガマティから歩いて町へやって来るようになりました。夜中に歩いて家へ帰ったこともありました。

働くうちにテンプーの運転手と知り合いになり、車掌になりました。はじめは夜中に家へ帰っていました。車掌仲間の多くは路上で寝ており、僕と同年齢の者が多かったです。彼らとは話が合うので、僕も一緒に路上で寝るようになりました。家に帰らなくなると、両親はとても怒りました。学校を辞めたことで叱られましたが、僕は自分の暮らし方を変えることはできませんでした。

車掌の仕事をするうちラガンケルで食堂の主人と知り合いになりました。テンプーの仕事がだんだん嫌になったので、食堂で働き始めました。何ヶ月か働きましたが、皿洗いと掃除の仕事が好きになれず、再びテンプーの車掌に戻りました。少しずつお金を稼げるようになったのですが、路上でちんぴらに嫌がらせをされました。お金を盗られたり、無理やり連れていかれて洗濯をさせられたりしました。路上で暮らしているとずいぶん嫌なことがありました。服がなくて、寒い冬は眠れませんでした。路上生活が嫌になって、家に帰りたくなりました。

村を出て4年後、家帰ると、両親はとても喜びました。久しぶりに家族と過ごすことができて、僕も嬉かったです。村には友達もいて、彼らとも遊びました。両親は僕を再び学校へ行かせようとしていました。しかし、下校中の生徒をマオイストが誘拐したという話を聞き、僕は怖くなり、家族に何も告げず村を出ました。僕はまた路上で暮らし始めました。プラスチックを拾う仕事を始めました。何ヶ月か経ったある日、家に戻りましたが、両親が家にいませんでした。マオイストを恐れて村を出て行ったのでしょう。仕方なく僕は町へ戻って路上で暮らしながら、昔の仕事を始めました。今、僕は『僕らの家』で暮らしています。